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東京地方裁判所 昭和54年(ワ)1821号 判決 1983年3月14日

原告 株式会社 豊栄土地開発

右代表者代表取締役 沼田達男

右訴訟代理人弁護士 川名照美

同 菅原哲朗

同 五十嵐敬喜

被告 和田智恵

<ほか一名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 松田武

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金二三一七万八六一五円及びこれに対する被告和田智恵については昭和五四年三月八日から、被告和田久知については昭和五五年七月一三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、主文第一項及び第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金六一〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者)

(一) 原告は、マンションの分譲・販売を業とする株式会社であり、かつて別紙目録(一)記載の土地(以下「本件(一)の土地」という。)を瀧島菊三から買い受けて所有していた。

(二) 被告和田智恵(以下「被告智恵」という。)は、別紙目録(二)記載の土地(以下「本件(二)の土地」という。)及び同土地上に存する別紙目録(三)記載の建物(以下「旧和田アパート」という。)をもと所有していたものであり、被告和田久知(以下「被告久知」という。)は、被告智恵の父であって、本件(二)の土地及び旧和田アパートは、被告久知の経済的負担において取得されたもので、同被告は右土地建物について事実上の処分権限を有していた。

2  (被告らの不法行為)

(一) (紛争に至る経緯)

(1) (マンション建設に関する争い)

イ 原告は、本件(一)、(二)の各土地を含む土地約九九〇平方メートルを敷地とするマンション建設の計画をたて、昭和四六年七月ころからその敷地として本件(一)、(二)の各土地のほか、東京都渋谷区本町三丁目四七番一、同所四七番一七、同所四七番一九、同所四八番三、同所四八番一三及び同所四八番一四の各土地についても用地買収の交渉を開始し、昭和四九年夏までには本件(二)の土地を除いて買収予定地の全部につき買収が完了した。

ロ 原告は、本件(二)の土地の買収につき、被告久知と交渉したものの、代金等の内容について合意できなかったため、その買収を断念し、昭和五〇年九月ころ、その計画を本件(二)の土地を除く前記買収済みの土地を敷地とするマンション建設計画に変更し、同年一〇月ころ、右敷地上の既存の建物の解体工事に着手した。

ハ 原告が右工事に着工するや、被告久知は、近隣住民を集めてマンション建設反対同盟を結成して自らその会長に就任するとともに、被告智恵を申立人、原告を相手方として昭和五一年二月上旬、通行妨害禁止の仮処分を申請し(当庁昭和五一年(ヨ)第五九九号事件)、同年三月二四日、右仮処分決定を得たので、原告は、同年四月末ころ、右決定に対する異議の申立てをした(当庁昭和五一年(モ)第五四三四号事件)。

(2) (訴訟上の和解)

右仮処分異議事件において、昭和五二年八月三〇日、原告と被告智恵との間に次の要旨の訴訟上の和解(以下「本件和解」という。)が成立した。

イ 原告所有の本件(一)の土地と被告智恵所有の本件(二)の土地及び旧和田アパートとを交換する。

ロ 原告は被告智恵に対し、右交換に伴う補足金として合計一二六〇万円を、(イ)和解成立時に二六〇万円(ロ)被告智恵が本件(一)の土地上に建設を予定しているマンションの建設着工時に五〇〇万円(ハ)後記ニの明渡時に五〇〇万円に分割して支払う。

ハ 原告は被告智恵に対し、昭和五二年九月一五日までに本件(一)の土地を更地にして明け渡す。

ニ 被告智恵は原告に対し、昭和五三年九月三〇日までに本件(二)の土地及び旧和田アパートを明け渡す。

(3) (被告久知の関与)

右本件和解につき、被告側における主導的地位を占め、主導的役割を果したのは、被告久知である。

(二) (強制執行の停止)

(1) (原告による強制執行の申立て)

イ 原告は、本件(二)の土地を含む約一〇二三平方メートルを敷地とする地下一階地上一二階のマンション(以下「本件マンション」という。)建設の計画をたて、右建設工事を西松建設株式会社に請け負わせて、昭和五三年九月三〇日、建築確認を受け、本件(二)の土地の明渡期限の後である同年一〇月二日、本件マンション建設工事に着工した。

ロ 被告智恵は、前記(一)の(2)のニ記載の本件(二)の土地及び旧和田アパートの明渡し義務を任意に履行しなかった。

ハ そこで、原告は、昭和五三年一一月ころ、本件和解調書に基づき本件(二)の土地について明渡しの強制執行の申立てをした。

(2) (被告らによる強制執行の停止の申立て等)

被告智恵は、昭和五三年一二月一四日、被告久知と共謀のうえ、被告久知の主導の下に本件和解調書の執行力の排除を求めて請求異議の訴を提起した(当庁昭和五三年(ワ)第一二三一四号事件)うえ、同日右訴に係る強制執行停止の申立て(当庁昭和五三年(モ)第一八八九〇号事件)をし、右申立ては認容され強制執行停止決定がなされた。

(三) (被告らの行為の違法性)

(1) (請求異議訴訟における敗訴判決の確定)

右請求異議訴訟について昭和五五年二月一五日、請求棄却の判決が言い渡され、該判決は同年三月三日、確定した。

(2) (請求異議事由の不存在)

イ 右請求異議訴訟において被告智恵の主張した請求異議の理由は、次のとおりである。

(イ) 本件和解において原告が交換に供した本件(一)の土地とこれに隣接する瀧島まきほか四名所有土地との境界は和解調書上は(イ)、(ホ)の各点を結んだ直線であると記載されているが右記載は誤りであって、真実は別紙図面中の(イ)、(ホ')、(ホ)の各点を順次に直線で結んだ線であり、従って、別紙図面中の(イ)、(ホ')、(ホ)の各点を順次に直線で結ぶ範囲の部分約一〇平方メートル(以下「本件土地部分」という。)は瀧島まきほか四名所有土地に含まれ、本件(一)の土地には含まれないので、本件(一)の土地はその分狭少であるところ、被告智恵は本件和解当時、このことを知らなかったのであって、被告智恵がした和解の意思表示は、その重要な部分について錯誤があるから本件和解は無効である。

(ロ) 原告は、本件和解に基づく補足金一二六〇万円の内金一〇〇〇万円を支払っていないから、該金員の支払があるまで、本件和解に基づく本件(二)の土地及び旧和田アパートの明渡し義務の履行を拒む同時履行の抗弁権がある。

ロ しかし、右のような請求異議事由は存在しない。

(イ) 本件土地部分は、本件(一)の土地に含まれるものであり、本件(一)の土地と瀧島まきほか四名所有土地との境界について瀧島まきほか四名との間に争いはない。

(ロ) 仮に、本件土地部分が瀧島まきほか四名所有土地に含まれ、被告においてこの事実を看過したとしても、本件(一)の土地の面積一八五・一一平方メートルと比較すれば、その地積約一〇平方メートルは僅少であって、本件和解が要素の錯誤によって、無効となるものとはいえない。

(ハ) 原告は、補足金一二六〇万円のうち、昭和五二年九月九日、二六〇万円を支払い、昭和五三年八月一七日、五〇〇万円を現実に提供し、さらに同年九月三〇日、前回の分とあわせて一〇〇〇万円を現実に提供したものであるところ、いずれも被告智恵から受領を拒否されたので、同年一〇月三〇日、右一〇〇〇万円を東京法務局に弁済供託した。

ハ 従って、請求異議事由が存在しないのにもかかわらず、請求異議の訴を提起して強制執行停止決定を得た被告らの行為は、違法である。

(四) (被告らの故意・過失)

(1) 被告らは、前記請求異議の訴を提起し、強制執行停止の申立てをするにあたって、前記請求異議事由が存在しないことを熟知していたにもかかわらず、マンション分譲・販売業者である原告が本件マンションを建設するのを妨害する目的で、共謀のうえ、被告智恵名義で右行為をなしたものである。

(2) なお、右強制執行停止決定については、昭和五四年六月一二日、取消決定がなされたところ、被告智恵は、これに対し特別抗告(最高裁判所昭和五四年(ク)第三五四号事件)を提起したが、これも同年一〇月一一日、特別抗告棄却決定がなされ、確定するに至り、また、本案である請求異議訴訟についても前記(三)の(1)記載のとおり、請求棄却の判決が確定した。このような場合、請求異議の事由が存在しないことについて、被告の故意過失が推認されるべきである(最高裁判所昭和四三年(オ)第二六〇号、同年一二月二四日判決参照)。

3  (損害)

(一) (損害の発生)

原告は、昭和五三年一〇月二日、本件マンション建設工事を、西松建設株式会社に請け負わせて着工したが、被告らによる前記強制執行停止決定により、昭和五三年一二月一四日から、後に強制執行停止決定が取り消され、不動産明渡断行仮処分により本件(二)の土地の明渡しが完了した昭和五四年六月二五日までの間、本件マンション建設工事の中断を余儀なくされた。

また、右強制執行停止決定前においても、被告らによる本件(二)の土地及び旧和田アパートの不法占拠によって、敷地が分断され、本件マンション建設工事全体の約四五パーセントの杭工事と若干の基礎工事ができたにすぎず、その余の工事についても遅延を余儀なくされた。

さらに、本件(二)の土地の明渡し完了後も、前記工事中断による計画的工事施工の阻害との波及効のために工事の遅延を招き、昭和五四年一一月末に完成予定のところ、一年四か月遅れて昭和五六年三月に完成のやむなきに至った。

右工事遅延により、後記(三)記載の損害が発生した。

(二) (損害発生の認識)

被告らは、原告が、マンション分譲・販売業者であること、本件(二)の土地は本件マンション建設用地であること及び原告が、昭和五三年一〇月二日、本件マンション建設工事を西松建設株式会社をして着工せしめたことを知っていた。

(三) 損害額

(1) (主位的主張)

イ 西松建設株式会社支払分

原告は、本件マンション建設工事を西松建設株式会社に請け負わせたが、強制執行停止による工事遅延の結果、次のように同会社への支払額が増加した。

(イ) 土工事 一八四万二七二〇円

被告らが占有する旧和田アパートが残置していたため、六か月間土工事の延引を強いられ、この間に燃料費、労務費、土捨場費用が昂騰し、左の内訳の差額出捐を余儀なくされた。

内訳 根伐 三三万四〇八〇円

残土処分 三六万八六四〇円

捨場代 九九万円

機械廻送費 一五万円

(ロ) 杭工事 一九〇万円

被告らが旧和田アパートの敷地及び該建物を明け渡さないため、合計三回にわたり右作業を行なったものであるところ、そのうち二回分にあたる左の内訳分の差額は、前記被告らの不法行為によって工事を中断せしめられたために作業を強いられ、ひいて出捐を余儀なくされたものである。

内訳 機械廻送費 七〇万円

機械組立解体費 一二〇万円

(ハ) 山留工事 四一六万八〇〇〇円

被告らの占拠する土地部分については掘削できないため、これに対し土崩れ防止のため山留工事を施工せざるを得ず、また機械リース損料が増加した。

(ニ) 鉄筋工事 四七六万円

被告らによる不法占拠の結果、五五パーセントの工事が遅延し、躯体分割施工及び遷延中の単価上昇により左の内訳分の鉄筋材料費と手間代(加工、組立、運搬)の出費増を余儀なくされた。

内訳 鉄筋材料費 一四二万八〇〇〇円

手間代 三三三万二〇〇〇円

(ホ) 鉄骨工事 一二九六万円

鋼材費等の昂騰による損害

内訳 鋼材費 一〇六五万九六〇〇円

工場製作熔接費 二三〇万〇四〇〇円

(ヘ) コンクリート工事 七五五万六五〇〇円

セメントの騰貴による損害

内訳 人工軽量コンクリート工事費 三八八万二八〇〇円

鉄筋コンクリート工事費 三三三万三七〇〇円

屋外附属他コンクリート工事費 三四万円

(ト) 型枠工事 二三二五万九二〇〇円

型枠工事費(運搬費、労賃を含む)昂騰による損害

内訳 一般型枠 一七九四万九六〇〇円

打放し型枠 四六六万九六〇〇円

雑型枠 六四万円

(チ) 現場経費 六六〇万円

本来不要であるべき現場監督員三名を昭和五三年一〇月二日から昭和五四年五月三一日までの間災害防止のため常駐管理させることを余儀なくされ、右の者に支払った左の内訳の職員給与等。

内訳 昭和五三年一〇月二日から昭和五四年三月三一日まで 四二〇万円

同年四月一日から同年五月三一日まで 二四〇万円

(リ) 木工事 九二三万一〇〇〇円

昭和五三年一〇月から昭和五四年六月の間の合板、木材の騰貴による本件マンション用構造材、下地材、仕上材の騰貴及び附随する金物、接着材の騰貴並びにこれらに関する運搬費、加工手間代等の昂騰のため、左の内訳分の出費増を余儀なくされた。

内訳 構造材代 五四万六〇〇〇円

下地材代 三二万九〇〇〇円

合板代 一二八万円

加工手間代 四五二万六〇〇〇円

金物及び接着材代 四〇万円

運搬費 八〇万円

仕上材代 一三五万円

(ヌ) 金属製建具工事 五三九万三六七五円

左の内訳分の建具代等昂騰による出費増を余儀なくされた。

内訳 ステンレス製建具代(取付調整運搬費を含む) 五万円

アルミ製建具代(右同) 二八二万〇〇三〇円

スチール製建具代(右同) 二四四万〇六九五円

電動アルミパイプシャッター工事費 八万二九五〇円

(ル) 雑工事(ユニットバス) 四一五万二〇〇〇円

各型ユニットバス代の昂騰による損害

(ヲ) 組積工事 一二九万八八〇〇円

コンクリートブロックの材料費及び手間代の昂騰による損害

(ワ) 電気設備工事関係 三五〇万二〇〇〇円

電線、ケーブル、黄銅丸棒等及び石油化学製品である住戸部分の照明器具、コンセント、チャイム等の昂騰による出費増

(カ) 給排水衛生設備工事 三六四万三〇〇〇円

住戸部分の右設備の機材代等の昂騰による出費増

(ヨ) 昇降機設備工事 九三万円

電線類の機材代及び労務費、運搬費の昂騰による出費増

ロ 金利損失 二〇三一万七五〇〇円

既買収土地代金一億九八〇〇万円、設計料四一〇〇万円、近隣補償費二一〇〇万円(以上は支払済み)及び租税、登記料一〇九〇万円の借入れによる昭和五三年一〇月二日から昭和五四年六月三〇日までの間につき年一割の割合による支払利息であって、これらの金利は、被告らによる工事妨害により、原告において支払を余儀なくされたもの。

ハ 等価交換遅延罰金 一三五万円

原告は、江本仙司と損害金約定つきの等価交換契約を締結していたところ、被告らの本件不法行為によって本件マンションの引渡しの遅延を余儀なくされ、これにより右約定に基づき支払った損害金であって、被告らは、江本仙司が建物解体に際して他に転居したのち、本件マンション完成の暁には入居することを知っていたから、右損害を支払う義務がある。

ニ 諸経費及び雑費 一八〇〇万円

原告は、昭和五三年一〇月二日から同五四年六月三〇日まで月額二〇〇万円の割合の諸経費及び雑費合計一八〇〇万円の出捐を余儀なくされたが、これは被告らの不当抗争によって生じたいわゆる通常損害である。

ホ 弁護士費用(三名分) 一二二〇万円

原告は、その訴訟代理人らとの間で訴訟委任契約を締結し、着手金として六一〇万円を支払い、本判決言渡日に同額を支払うとの約束をしたが、右費用は、被告らの不当抗争によってやむなく支払い、又は債務負担したもので、いわゆる通常損害である。

(2) (予備的主張)

金利損失 一億二八七〇万円

被告らの本件不法行為がなければ、原告は昭和五四年一二月から本件マンションの販売をなしえたものであるところ、前記不法行為により一年四か月遅れた昭和五六年三月に至って販売可能となり、また、西松建設株式会社に対する本件マンション建設請負工事代金支払資金も年一割の利息で借り入れているので、金利損失は、前記(1)のロの金利損失二〇三一万七五〇〇円も含めて一億二八七〇万円となる。従って、本件マンション販売開始の遅れた一年四か月分の金利一億二八七〇万円を被告らは支払う義務がある。

ただし、(1)記載の損害費目のうち、ホの弁護士費用を除いたその余の費目につき認容額が弁護士費用とあわせて六一〇〇万円に達しない場合にその不足分についてのみ右金利損失損害を予備的請求原因とする。

4  (結論)

よって、原告は、被告らに対し、各自、不法行為による損害賠償請求権に基づき、前記3の(三)の(1)のイないしホの合計一億四三〇六万四三九五円の内金六一〇〇万円及びこれに対する被告智恵については不法行為の日の後である本件訴状送達の日の翌日から、被告久知については不法行為の日の後である本件訴状送達の日の翌日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(当事者)の事実は認める。

2  同2(被告らの不法行為)の(一)(紛争に至る経緯)の(1)(マンション建設に関する争い)のうち、ハを認め、その余は知らない。同2の(一)の(2)(訴訟上の和解)を認める。ただし、本件(一)の土地の境界は、後に被告らが立ち会って測量のうえ確定する約束であった。同2の(二)(強制執行の停止)のうち、(2)(強制執行の停止決定)を認め、その余は知らない。同2の(三)(被告らの行為の違法性)のうち、(1)(請求異議訴訟における敗訴判決の確定)及び(2)(請求異議事由の不存在)のイを認める。同2の(三)の(2)のロのうち、(イ)、(ロ)を否認し、(ハ)の補足金の支払、現実の提供及び被告智恵の受領拒絶の事実を認め、その余は知らない。同2の(四)(被告らの故意・過失)のうち、(1)を否認し、(2)を認める。

3  請求原因3(損害)の(一)(損害の発生)のうち、本件マンション建設工事が原告主張の期間中断したことを認め、右工事中断と被告らの行為との因果関係を否認する。同3の(二)(損害発生の認識)を認め、(三)(損害額)を否認する。

4  被告の主張

(一) (因果関係)

本件強制執行の停止によって、本件マンション建設工事の妨げとなりうるのは、本件(二)の土地と公道への通路部分だけであって、右土地をしばらく除いて本件マンション建設工事をなすことは、当時の建築技術からすると可能であったから工事遅延により蒙った損害をすべて被告らの責任とすることはできない。

(二) (損害額について)

原告の主張する損害は、単に、昭和五三年一〇月の物価と昭和五四年五月の物価とを比量して算出されたものにすぎず、原告が現実に蒙った損害ではない。

原告と西松建設株式会社間の本件マンション建設請負工事契約は、昭和五三年九月三〇日付の仮契約にすぎず、詳細な見積りもなされず、従って原告としても代金を全く支払っていない。正式な工事請負契約は、昭和五四年九月八日に締結されたものであって、原告は、初めて代金の一部を支払ったにすぎず、それ以前には、原告は具体的債務を負担していないから、原告に建築資材の購入について損害の発生する余地はない。

また、原告は、建築資材代昂騰による出費増ないし差額を損害と目し、その下限基準時を昭和五三年一〇月に措定しているが、損害発生の根拠を、同年一二月一四日の不当訴訟に求めるのであるから、それ以前の建築資材費は、基準とはなり得ない。

(三) (損害の不発生)

原告に建築資材代昂騰による損害が生じたとしても、マンション分譲価格の昂騰によって該損害は填補されている筋合である。

すなわち、マンション分譲価格の単価は、昭和五五年七月期と昭和五四年八月期とを比較すると、昭和五五年度は、都心部で二三・六パーセント昂騰しているから、原告の主張する損害は、すべてマンション分譲価格で補填されていて、原告の損害はない。

三  抗弁

1  (権利行使)

被告らが、本件(二)の土地及び旧和田アパートの各明渡しを遅滞したのは、本件和解において原告が交換に供した本件(一)の土地に本件土地部分約一〇平方メートルが含まれておらず、右土地は瀧島まき所有の土地に含まれていたことと、被告らが本件(一)の土地上に和田マンションを建設しようとした際に原告及び付近住民の理由のない反対のため、被告らの居住すべき右マンション建設工事が著しく遅れたこと(右マンションは、原告及び付近住民の反対により下水道が未だに完成できず、建物として未完成である。)とに起因する。従って、被告智恵が、原告のなした強制執行に対しその停止の申立てをするのは、自己の権利の保護を求めるための正当な権利行使であって、違法性がない。

2  (自招の損害)

被告らは、原告に対し、本件マンション建設に際し、本件和解の効力に疑問がある旨を事前に告知し、もってその工事の強行が損害発生のおそれがある旨を予告していたのに、原告は、被告らに心理的圧迫を加える等のためにあえて工事を強行したものであって、原告主張の損害は、いわゆる自招損害というべく、被告らにはその賠償責任はない。

3  (予定賠償額の履行による損害の填補)

(一) 原告と被告智恵とは、本件和解において、本件(二)の土地及び旧和田アパートの明渡遅滞の場合月額一〇万円の割合による金員を支払うとの合意をした。

(二) 右合意に基づき被告智恵は原告に対し、昭和五三年一〇月から昭和五四年五月までの八か月分について八〇万円の支払をした。

(三) 右合意は、損害賠償額の予定であって、債務不履行による損害のほか不法行為に基づく損害についても適用がある。

よって、原告の損害はすでに全額につき填補されている。

4  (相殺)

(一) 被告智恵は、原告に対し前記3の(二)のとおり八〇万円を交付した。

(二) 仮に右3の主張が認められないとすれば、被告智恵は、右金員の返還請求権と原告の右損害賠償請求権とを対当額で相殺する旨の意思表示を本件第一八回口頭弁論期日でした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1(権利行使)、2(自招の損害)の事実は否認する。

2  同3(損害の填補)のうち、(一)及び(二)のうち(一)の合意に基づき被告智恵が原告に対し四〇万円を支払ったことを認め、(三)を否認する。

3  同4(相殺)の(一)のうち四〇万円の交付の事実は認める。(二)のうち、被告智恵がその主張のとおり相殺の意思表示をしたことは認めるが、その余は争う。

第三証拠《省略》

理由

第一  責任原因(被告らの不法行為等)について

一  請求原因1(当事者)の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(被告らの不法行為)の事実について

1  同2の(一)(紛争に至る経緯)の(1)(マンション建設に関する争い)のうち、イ(マンション建設計画等)及びロ(本件(二)の土地の買収交渉等)の事実は、《証拠省略》によって認められ、この認定に反する証拠はなく、ハ(通行妨害禁止仮処分等)の事実は、当事者間に争いがない。

また、同2の(一)の(2)(訴訟上の和解)の事実は、当事者間に争いがなく、同2の(一)の(3)(被告久知の関与)の事実は、弁論の全趣旨によって認められる。

2  同2の(二)(強制執行の停止)のうち、(1)(原告による強制執行の申立て)の事実は、《証拠省略》によって認められ、この認定を覆すに足りる証拠はなく、(2)(被告らによる強制執行の停止の申立て等)の事実は、当事者間に争いがない。

3  同2の(三)(被告らの行為の違法性)のうち、(1)(請求異議訴訟における敗訴判決の確定)の事実は、当事者間に争いがない。

そうすると、被告らは、法律上何ら権利がないのに前記のとおり強制執行の停止を申し立て、強制執行停止決定を得てこれにより原告の強制執行請求権の行使を妨害したものであるから、被告らの右行為が違法であることは明らかである。

4  そこで、さらに進んで同2の(四)(被告らの故意・過失)について判断するに、債務名義に基づき強制執行の申立てを受けた債務者が、債務名義に係る請求権の存在又は内容について異議があるとして、請求異議の訴を提起して強制執行の不許を求めるとともに、右訴の提起に係る強制執行の停止を申し立て、受訴裁判所の強制執行停止決定に基づき当該強制執行の停止を得た後、その異議が理由がないとして敗訴判決の言渡しを受け、これが確定した場合において、債務者に右異議が理由がないことについて故意があり、又は異議が理由があると信じたことについて過失があるときは、右強制執行の停止によって債権者の蒙った損害の賠償義務があるものというべきであり、従って一般に請求異議訴訟において異議が理由がないとして債務者敗訴の判決が確定した場合には、債務者において請求異議の訴の提起及び右訴に係る執行停止の申立ての挙に出るのもやむを得ないと認めるに足りる特段の事情が認められない限り、債務者には、少なくとも前記の過失があったものと推定するのが相当である。

そこで、本件について右特段の事情があったかどうかについて判断する。

まず、同2の(三)の(2)のイ(被告智恵の主張した請求異議事由)の事実は当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一) 本件(一)の土地は、原告が、昭和四六年一二月三日、瀧島まきほか四名から売買により取得したものであるが、右売買において、本件(一)の土地とこれに隣接する瀧島まきほか四名所有の東京都渋谷区本町三丁目四八番一二の土地(以下「瀧島まきら所有土地」という。)との境界は、別紙図面中(イ)、(ホ)の各点を結んだ直線であって、本件土地部分は本件(一)の土地に含まれるものとされ、瀧島まきほか四名も右境界に関しては右のとおりであると認識していたものであって、右売買後も右境界についてこれと異なる主張をしたことはないこと、

(二) 本件(一)の土地は同土地上の建物の敷地として、瀧島まきら所有土地は私道として、それぞれ使用され、現地では右両土地の境界は、その使用状況から別紙図面中(イ)、(ホ)の各点を結んだ直線と認識され、他方、別紙図面中(ホ')点については、これを示す境界石等の界標は存在せず、これを特定することはできないこと、

(三) 公図上では、本件(一)の土地と瀧島まきら所有土地との境界は、別紙図面中(イ)、(ホ)の各点を結んだ直線ではなく、同図面中(イ)、(ホ')、(ホ)の各点を順次に結んだ直線として表示されていること、

(四) 本件和解においても、本件(一)の土地と瀧島まきら所有土地との境界は、右(一)記載のとおりとされたものであるが、被告らも、本件和解に際して、右の境界が右(三)に記載した公図上の境界の形状と異なることについて十分な認識を有して臨んでいたこと、

(五) ところが被告智恵は、前記請求異議訴訟において前記公図の記載のみを根拠として本件(一)の土地と瀧島まきら所有土地との境界は別紙図面中の(イ)、(ホ')、(ホ)の各点を順次に直線で結んだ線であり、従って本件土地部分は瀧島まきら所有土地に含まれ、本件(一)の土地に含まれるものではないと主張したものであるところ、右主張を展開するにあたり、瀧島まきその他の関係人から右両土地の境界について事情を聴取したことも、本件(一)の土地の分筆の経緯等を調査したこともなく、また、現地で境界を示す境界石その他の界標等の客観的資料を調査したこともないこと、

(六) 本件和解に基づく補足金一二六〇万円の支払状況については、原告は被告智恵に対し、昭和五二年九月九日、右補足金のうち二六〇万円を支払い、残金一〇〇〇万円について同年八月一七日に五〇〇万円、同年九月三〇日に一〇〇〇万円を現実に提供したところ、被告智恵は受領拒否をした(以上の事実は、当事者間に争いがない。)ので、右一〇〇〇万円を同年一〇月三〇日、東京法務局へ供託したものであって、被告智恵には、同時履行の抗弁権を主張する余地はないこと、

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

以上の事実を総合すれば、被告らが、強制執行の停止を申し立てたことについて、やむを得ないと認めるに足りる特段の事情を肯認することはできず、他に右の特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

従って、被告らには、少なくとも、本件請求異議の訴の提起に係る強制執行停止の申立てにおいて主張した請求異議事由の存在の信依につき、過失があるものと推認される。

第二  そこで抗弁1、2について判断する。

一  抗弁1(権利行使)について

右抗弁は、被告らによる本件(二)の土地等の明渡遅滞は、本件(一)の土地に本件土地部分が含まれておらず、右土地は瀧島まきら所有土地に含まれていることと原告らの反対による被告らの和田マンション建設工事の遅延とに起因するのに、却って原告は強制執行に及んだので、被告智恵は、自己の権利の保護を求めて右強制執行停止の申立てをなしたにすぎず、正当な権利行使であって、違法ではないと主張するものであるところ、その主張自体の当否はさておき右主張の前提事実の存否につき判断するに、本件(一)の土地に本件土地部分が含まれておらず右土地が瀧島まきら所有土地に含まれていることを認めるに足りる証拠はなく、また和田マンション建設工事が、原告らの反対という行為によって遅延せしめられたとの点についてもこれを認めるに足りる証拠はない(本件全証拠のうち、これを支持するのは被告久知本人尋問の結果をおいては他にないが、該尋問結果は爾余の証拠に照らしてにわかに措信できない。)。よって、右抗弁はその前提事実について立証を欠くものであるから、採用の限りではない。

二  抗弁2(自招の損害)について検討するのに、原告において被告ら主張のような目的(心理的圧迫を加える等)をもって本件マンション建設工事を敢行したとの点は、これを認めるに足りる証拠はなく、仮に被告らにおいてその主張のように事前に告知、予知をしていたとしても、これによって原告らが本件マンション建設工事の着工を思いとどまるべき合理的理由がなければ、この工事着工によって蒙った損害についての賠償請求権を取得することは明らかであるところ、右事前告知の内容は、結局本件土地部分の帰属に関する被告側の認識にすぎないから、これをもって右にいわゆる合理的理由とは到底解しえない。よって抗弁2もまた採用に由ない。

よって、被告らは、民法七一九条の共同不法行為者として各自原告に対し、本件不法行為によって原告が蒙った後記損害を賠償する義務がある。

第三  進んで請求原因3(損害)について判断する。

一  《証拠省略》によると、原告は、昭和五三年一〇月二日、西松建設株式会社に請け負わせて本件マンションの建設工事に着工させ昭和五四年一二月末完成予定であったが、本件マンションは、鉄骨鉄筋コンクリート造地下一階地上一二階建て、その建築面積は五三〇・一〇八平方メートル、軒高三五・二八メートルの大規模建物であって、その敷地の一部である本件(二)の土地等が被告らによって占拠されていたため、敷地が分断された結果、昭和五三年一二月一三日までには、その建設工事全体の約四五パーセントの杭工事と若干の基礎工事ができたにすぎなかったところ、被告らが前記強制執行停止決定を得たことによって同月一四日から昭和五四年六月二五日までの間にわたって右建設工事の中断を余儀なくされたこと(右建設工事が右期間にわたって中断したことは当事者間に争いがない。)本件マンション建設工事の竣工も右期間に相当する期間遅延したことが認められ、この認定に反する証拠はない。従って、被告らは、右工事の中断それ自体により生じた損害及び本件マンション建設工事の竣工が右工事中断期間に相当する期間遅延したことにより生じた損害を賠償する責任があることは明らかである。

しかるに原告は、右工事の中断により本件マンション建設工事の竣工が一年四か月間遅延したとして右遅延により生じた損害及びこれにより本件マンションの販売開始が右期間遅延したことにより生じた損害の賠償を請求し、《証拠省略》によれば、本件マンション建設工事の当初の竣工予定時期が昭和五四年一二月末頃であったこと、本件マンション建設工事が現実に竣工したのは、昭和五六年一、二月ころであったことが認められるけれども、右強制執行の停止による工事の中断期間経過後にあっても、なお工事の続行について本件不法行為に起因する法律上又は事実上の障害があったとの事実は、本件全証拠によるもうかがうことができないのであって、本件マンション建設工事の竣工が右工事の中断に起因して右中断期間に相当する期間を超えて遅延したことを認めるに足りる証拠はないから、右原告の主張する損害は、本件不法行為と相当因果関係があるものということはできない。

二  同3の(二)(損害発生の認識)の事実は、当事者間に争いがなく、この事実によると、被告らは、原告に対し、本件マンション建設工事の中断によって原告の蒙った損害についての賠償責任を負担する筋合である。

三  損害額について

そこで、損害の具体的費目について検討する。

1  主位的主張について

(一) まず、イの西松建設株式会社支払分について判断するのに、原告主張の損害費目のうち(イ)、(ニ)ないし(ト)、(リ)、ないし(ヨ)の各損害はいずれも工事費用及び資材価格の昂騰による差額を損害として計上したものであることは明らかであるところ、いわゆる分譲予定のマンション建設工事の遅延による建設費用の増加が、その遅延期間中の物価の昂騰に起因するときは、事物の性質上該マンションの処分価格もまた物価の昂騰にほぼ連動して騰貴するものと推定されるから、右建設費用の増加のみを片面的に抽出して損害とすることは相当ではなく、市況が軟化し、建設費の増加分を処分価格に転嫁し得ない等の特段の事情がない限り、建設費用の増加額とマンション処分価格の増加額との差額をもって損害と解するのが相当である。

したがって、前記各費目の損害については、物価昂騰による建設費用の増加額を直ちに損害額となす主張であって、マンションの処分価格についてはその主張及び立証がないから右の差額を算定することはできないのであって、結局原告の主張する前記損害は、その発生について主張立証がないことに帰するものといわざるを得ない。

西松建設株式会社支払分のうち、(ロ)杭工事一九〇万円、(ハ)山留工事四一六万八〇〇〇円、(チ)現場経費六六〇万円については、本件工事の遅延期間中の物価昂騰以外の要因に係る損害の主張であるところ、《証拠省略》によると次の事実が認められる。

(1) 西松建設株式会社は、本件マンション建設工事の施工において被告らの前記不法行為によって後記(2)ないし(4)で認定する費用の出捐を余儀なくされたため、右費用を請負代金中に転嫁して同代金を九億円と定め、原告は同会社に対して右請負代金を既に支払済みであること、

(2) 西松建設株式会社は、本件マンション建設工事を施工するについて前記強制執行停止により工事が中断したため、杭工事は本来一回で済んだのにもかかわらず、右工事を三回も施工することとなり、このため、杭工事二回分の費用一九〇万円(機械回送費七〇万円及び機械組立解体費一二〇万円の合計)の出費増を余儀なくされたこと、

(3) 同会社は、前記強制執行の停止により、被告らの占拠する土地部分(本件(二)の土地)以外の本件マンション建設予定地の掘削は完了したものの、右土地部分の掘削工事ができないため、右土地部分の土崩れ防止のため掘削部分との境界部分に山留工事の施工が必要となり、右工事費用四一六万八〇〇〇円(機械リース損料を含む。)の出捐を余儀なくされたこと、

(4) 同会社は、前記強制執行停止による工事中断中も災害防止のため工事現場に現場監督員三名を常駐、管理させておくことが必要であり、職員給与等の費用として昭和五三年一〇月二日から昭和五四年三月三一日まで四二〇万円、同年四月一日から同年五月三一日まで二四〇万円の合計六六〇万円を出捐したこと、

以上の事実によれば、(ロ)杭工事、(ハ)山留工事及び(チ)現場経費についてはいずれも被告らの前記不法行為に起因して西松建設株式会社が本来不要な費用を出捐し、右費用について最終的には原告が負担したことが認められる。従って、杭工事費一九〇万円及び山留工事費四一六万八〇〇〇円については、被告らの前記不法行為と相当因果関係のある損害と解される。ところで、現場経費については、原告は工事を開始した昭和五三年一〇月二日から昭和五四年五月三一日までの費用を損害として請求しているが、前記強制執行の停止に起因する工事の中断は、前記一説示のように昭和五三年一二月一四日から昭和五四年六月二五日までの期間であるから、被告らの前記不法行為と相当因果関係が認められる損害は、昭和五三年一二月一四日から昭和五四年五月三一日までの期間に出捐を余儀なくされた現場経費に限られるべく、前記(4)の認定事実によれば、昭和五三年一〇月二日から昭和五四年三月三一日までの一八一日間につき四二〇万円の現場経費を出捐したのであるから一日あたり二万三二〇四円、従って、昭和五三年一二月一四日から昭和五四年三月三一日までの一一〇日間に二五五万二四四〇円の現場経費を出損したことが明らかであり、これと同年四月一日から同年五月三一日までの現場経費二四〇万円の合計四九五万二四四〇円についてのみ被告らの前記不法行為との相当因果関係が認められる。よって、西松建設株式会社支払分のうち、前記杭工事費一九〇万円、山留工事費四一六万八〇〇〇円及び現場経費四九五万二四四〇円の合計一一〇二万〇四四〇円が賠償すべき損害となる。

(二) 次に、金利損失について判断するのに、《証拠省略》によれば、原告は、買収土地代金一億九八〇〇円、設計料四一〇〇万円、近隣補償費二一〇〇万円及び租税・登記料一〇九〇万円の合計二億七〇九〇万円を、金融機関から借り入れたことが認められるが、原告主張の年一割の割合による約定利息を支払ったことについてはこれを認めるに足りる的確な証拠はない。もっとも、商人間の金銭消費貸借契約においては、特段の利息の約定がなくとも商事法定利率年六分の割合による利息請求権が発生するから、原告は少なくとも右限度による金利損失を蒙ったものと認めることができる。ところで、原告は、昭和五三年一〇月二日から昭和五四年六月三〇日までの期間の利息相当金を損害として請求しているが、前記一において説示したように本件不法行為と相当因果関係が認められるのは、昭和五三年一二月一四日から昭和五四年六月二五日までの期間の利息に相当する金員についてのみである。従って、金利損失としては前記借入金二億七〇九〇万円に対する右期間一九六日について年六分の割合による利息相当金八七二万八一七五円が賠償を求めうる損害である。

(三) 次に等価交換遅延罰金について判断するのに、《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

(1) 原告は、昭和五二年七月一三日、江本仙司との間で本件マンションのうち二室と同人の所有する東京都渋谷区本町三丁目四八番地四所在木造スレート葺二階建居宅一棟及び本件(一)の土地の借地権とを等価交換すること、右本件マンションのうち二室の引渡期日を昭和五四年九月末日とし、右引渡しが二か月以上遅れた場合には同年一〇月一日から引渡し済みまで一か月一五万円の割合による損害金を支払うこと等の内容の損害金約定付等価交換契約を締結したこと、

(2) 本件マンション建設工事が現実に完成したのは昭和五六年一月以降であり、江本仙司への本件マンションのうち二室の引渡しは一五か月以上遅延したこと、

(3) 原告は江本仙司に対し、前記(1)の契約に基づく損害金として昭和五四年一二月分から昭和五五年四月分までの五か月分の合計七五万円を支払ったこと、

以上の事実が認められる。しかし、前記一において説示したように、前記不法行為と相当因果関係のある損害は、前記強制執行の停止により工事が中断した昭和五三年一二月一四日から昭和五四年六月二五日までの一九六日間に相当する期間の引渡遅延に基づく損害に限られるのであって、右期間を越える引渡遅延については本件不法行為と相当因果関係を認めることはできない。従って、一か月一五万円の割合による一九六日間の損害金に相当する九八万円が被告らの前記不法行為によって通常生ずべき損害と解する。

(四) さらに原告は、昭和五三年一〇月二日から昭和五四年六月三〇日までの間につき月額二〇〇万円の割合による諸経費及び雑費合計一八〇〇万円の出捐を余儀なくされ、これは被告らの不当抗争によって生じた通常損害である旨の主張をなしてこれを訴求するが、右「諸経費、雑費」につき、その発生の契機、細目ごとの数額、出捐の態様等その具体的内容に関して詳述しないし、これらにつき固有の立証もしないものであるところ、本件全証拠をもってするも、右費目の出捐の存在はもとより、本件被告らの不法行為との因果関係、その損害賠償性判定の事情について肯認し得るところはないので、右主張費目については理由がないといわざるを得ない。

2  弁護士費用について検討するのに、《証拠省略》によると、原告が、本件原告訴訟代理人三名との間に本訴の提起と追行とを委任し、着手金として六一〇万円を支払い、本判決言渡日に同額を支払うとの約束をしたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はないが、叙上のとおり本訴の審理経過及び前示認容額、本訴事案の性質、難易度等諸般の事情を併考すると、そのうち三〇〇万円に限り被告らの本件不法行為と相当因果関係を有し、被告らにその賠償を求めうる損害と解するのが相当である。

3  予備的主張について

前記1、2の認容額の合計額が六一〇〇万円に達しないことは明らかであるから、さらに予備的主張について判断するのに、本件不法行為により本件マンションの販売開始が前示の本件強制執行の停止による工事の中断期間に相当する期間を超えて遅延したことを認めるに足りる証拠がないことは前示のとおりであり、また、右中断期間に相当する期間の金利損失については主位的主張において損害として主張しているものであって(これに対する判断は、前記1の(二)において説示したとおりである。)、予備的主張としても重ねて請求することができないことは明らかであるから、右予備的主張は理由がない。

第四  抗弁3、4について判断する。

一  抗弁3(予定賠償額の履行による損害の填補)について

抗弁3の(一)及び(二)のうち同3の(一)の合意に基づき、被告智恵が原告に対し四〇万円を支払ったことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、前記四〇万円をも含めて昭和五三年一〇月分から昭和五四年五月分までの月額一〇万円の割合による金員合計八〇万円を被告智恵が原告に対し支払ったことが認められる。

ところで、《証拠省略》によると、右明渡し遅滞料の定めは、本件和解において被告が負担することとなった該明渡義務という契約上の債務について不履行の場合にこれによって債権者である原告の蒙った損害についての填補賠償とその数額を定めたものにすぎないことが明らかである。してみると、被告において右明渡遅滞に及んだうえ、敢えて請求異議訴訟を提起し強制執行の停止決定を得たとのいわゆる不当抗争という不法行為をなしたことにより原告の蒙った損害の賠償を訴求する本訴請求については、右本件和解における明渡遅滞に関する合意の定めは、適用に由ないから、抗弁3も採用の限りではない。

しかしながら、被告らは右八〇万円の金員の交付を挙げて、損害填補の抗弁となすので審究するのに、右八〇万円は昭和五三年一〇月分から昭和五四年五月分までの月額一〇万円の割合による八か月分であるところ、叙上認定のとおり、原則として原告の蒙った本件不法行為による損害は、期間の点では昭和五三年一二月一四日から昭和五四年六月二五日の間にわたるものと解すべく、被告ら主張の右予定賠償額の履行期間と一部は重なることが明らかであるから、右八〇万円のうち、昭和五三年一二月一四日から昭和五四年五月三一日までの間の分についての五五万円は、これを本件賠償損害額から控除することとする。(なお、この以前の期間に対応する二五万円は、まさに約定による引渡遅滞の予定損害賠償額というべきであるから、これを本件賠償損害額から控除しない。)

二  次に抗弁4(相殺)について判断するのに、右抗弁の(一)のうち、被告智恵が原告に対し抗弁3の(一)の合意に基づき四〇万円を交付したことは当事者間に争いがなく、残金四〇万円についても交付したことは前記一で認定したとおりであり、被告智恵が、本件第一八回口頭弁論期日において右八〇万円の返還請求権を自働債権とし、原告請求に係る本件不法行為に基づく損害賠償請求権を受働債権として対当額において相殺する旨の意思表示をしたことは記録上明らかである。

しかし、前記によって明らかなようにその自働債権が存在しないので、この抗弁は理由なきに帰する。

第五  結論

以上によれば、本訴請求は、前記第三の三の1の(一)の杭工事費一九〇万円、山留工事費四一六万八〇〇〇円、現場経費四九五万二四四〇円の計一一〇二万〇四四〇円と(二)の八七二万八一七五円、(三)の九八万円、2の三〇〇万円との総計二三七二万八六一五円から第四の一の五五万円を控除した残額である二三一七万八六一五円及びこれに対する被告智恵については同被告に対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五四年三月八日から、被告久知については同被告に対する本件訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五五年七月一三日から、各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容することとし、その余の請求については失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 薦田茂正 裁判官 柳田幸三 根本渉)

<以下省略>

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